祖父の話

突然ですが、ふと祖父のことを思い出しました。

『祖父』といっても、本当の祖父は二人とも私が生まれる前に亡くなっていて、実際にはどういうものかよく分かりません。
その代わりというわけではありませんが、父方の曽祖母の兄弟(おそらく兄だったかと)は、私にとって祖父のような存在でした。

私が3歳から4歳くらいの頃、よく祖父から話を聞きました。

祖父は当時にしては珍しく、アメリカへ渡りハーバード大学で学んでいたそうです。残念ながら何を専攻していたのかは記憶にありません。祖父から聞いた学問についての話で今でも覚えているのは地動説くらいなので、天文学だったらいいな、と想像しています。その影響かどうか分かりませんが、私は高校時代に天文部(地学部)に所属していましたから。色々掛け持ちしていましたが、私にとっては地学部に一番比重を置いていました。部長だったし。

勉強以外では、学費を稼ぐために農場で働いたという話を聞きました。アメリカの農場は地平線まで続くほど広く、苗を一畝植えると日が暮れてしまうそうです。一日中苗を植え続けて、学費がたまると大学に戻り、また学費がなくなると農場に戻った、と話してくれました。

当時はとても幼かったので、どこまでが自分の記憶で、どこからが両親などから聞いた記憶なのか曖昧ですが、祖父は戦争で捕虜になり、戦後日本に帰って来たのだそうです。アメリカのことは嫌いになりましたが、横浜に住んで外国人の通訳などのお世話をしたとのことで、現在は外人墓地の一角に眠っています。

私が4歳の時に亡くなってしまいましたが、いつも掘りごたつに入っていて、私を膝に乗せて色々な話を聞かせてくれたという記憶が今も残っています。

祖父は、幼い私が理解出来るように、難しいことも丁寧に教えてくれました。勉強することが楽しいと思えるのも祖父のおかげです。穏やかで、小さい子供だからといって馬鹿にしない、とても尊敬出来る人でした。

私にとって残念なことは、尊敬出来る人が幼少時に現れてしまい、そして亡くなってしまったことです。大切なことをたくさん教えてもらったはずなのに、今ではほとんど記憶に残っていません。また、祖父を超えるような人物にも未だ会えていません。もちろん、完璧な人なんてどこにもいないので、祖父にもダメなところがあったでしょうし、今まで出会った人たちもそれぞれ素晴らしいところがあります。でも幼かった私にとっては祖父は完璧な人に思えてしまったので、そこはちょっと気をつけないといけないです。

でもやっぱり、私の理想像は祖父です。
祖父のような人間になりたい。

そう思うと、最近の記事はちょっと無理して頑張りすぎているような気がしてきました。自分はグイグイ来る人が苦手なのに、なんだか強引な感じがします。最近たくさんのことを学んでたくさんの人と出会って話しているので、ちょっと軸がずれかかってしまったかもしれません。

ということで、少し軌道修正をしようと思います。
過去の記事も多少内容を変えるかもしれません。

あと、別の場所に書いていた過去の記事もこちらに移行していく予定です。

それではまた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA